こんにちは!黒川です^^ いつもお祈りとご支援をありがとうございます。
最近は聖書の研究と読書と子守りのルーティン生活になっています。そんな中、色々気づきがありまして、少しずつTwitterをメモがわりに使いながらアウトプットしています。
そして、このブログでも少しずつ私の頭の中を整理していき、今後のミニストリーの形を模索できたらと考えています。何人もの人ではなく、必要なその一人に届く記事を書いていきたいと思います。
今回は私の人生の転機となった、男性乳がんでの自分自身のビフォーアフターをコンパクトにまとめたいと思います。といっても長いですが。
私は社会に出てからというか、出る以前から、どのようにしてお金を儲けて人生を安泰させるかという価値観の中で生きてきました。また、大学に入ってから非行に走ったということもあり、悪知恵を働かせた行動によってお金を稼ぐようになりました。
サラリーマンとして働く私は、まるで仕事ができる良い人材のように見えていたかもしれません。それは、勉強ができない自分、ずっと負けてきた自分が勝てる唯一な道がサービスや接客分野だと思い、その道を進んだからです。しかし、その掴んだ少しの自信を悪い方向へと歩ませたのは、紛れもなく自分の成功願望でした。
20代はそのようにして、会社でいただいた給料を自己投資という名の仮面を持ってただの自己中人生を得るために生きてきました。その時の自分の価値観の中でも危ういと思う大きなポイントが2つあります。一つ目は犠牲者が出ても儲けたいということ、二つ目は自分にメリットがある人とだけ付き合うということ。それぞれに解説が必要ですが、分かる方が大半だと思うので割愛します。
今となっては、なんでそんなことを考えて生きていたのか不思議でならないのですが、確かに自分は、表面上では仕事をバリバリこなすサラリーマンでありながら、中身はドロドロだったと言うことが出来ます。だから当時の同僚も私のこの部分は知らないと思います。
そして、会社での評価も高くなることで完全にうぬぼれの自分となっていきました。必ず成功するという確信のもと20代を突き抜けました。しかし、この成功は完全な自己中の成功です。特に経済的な成功でした。
その途中、26歳の時に韓国語を学ぶために、新宿の韓国人教会にいくようになりました。福音を受け入れたものの、洗礼を受けた途端に教会から離れました。それは完璧に神様からも離れたということでした。
当時のSNSはmixiだったのですが、私が入っていたコミュニティ(サークルみたいなグループ)の一つにこのようなものがありました。
「こう見えて実はクリスチャン」
自分は、クリスチャンという肩書は捨てずに、でありながらクリスチャンとして歩まずに生きました。だから、26歳から32歳のがんまでの自分は、霊的にかなりやばい状態だったのが分かります。心身共に健康で仕事もバリバリこなし、自己投資にも励む好青年のようで、その内面は目も当てられない状態です。でもこの時の自分はそんなことが全くわかっていなかったのです。
そのようにしていよいよサラリーマンを辞め独立する時が来ました。願っていた経営者で金持ちの有名人になるチャンスです。しかし、その夢は一瞬のうちに消え去り、一文無しとなりました。そして、そこに追い討ちをかけるように起こった出来事が男性乳がんだったのです。
このがんですが、私は腫瘍の大きさが5ミリということで超初期です。だから、がんで闘病されている方には申し訳ないくらい治療は簡単に終わりました。しかし、私は99%の確率で今(2020年現在)は生きていない存在だったと思います。なぜなら、あの時病院に行かなければ、一瞬のうちにリンパから全身転移していた可能性が高いからです。乳がん腫瘍は全くの無痛でした。どんな感じかといえば、乳頭にBB弾が入っている。ただそれだけです。自分があの時なぜ病院に行ったのかも不思議なほど外見上全く問題ないものでした。
そして、がんを知った私はあの時に死を覚悟しました。がんに対して知識の全くなかった自分にとって、がんは死を意味していました。おそらくこの感覚は、実際にがん告知を受けた人にしか理解出来ない感情だと思います。
自分は間もなく死ぬんだと思った時、自分が死んでこの体がこの世の中から無くなっても、この世の中はそのまま進んでいくんだと思うと、今まで味わったことのない強烈な悲しみと寂しさがやってきました。そう、自分がこの世の中からいなくなっても、この世の中はそのまま進んでいくんです。近い未来、その時自分はもうここにはいない。
そのあと不思議な感覚になりました。それは、街を行き交う人々をみんな愛おしく感じたことです。自分が死んでここからいなくなったらみんなもう二度と会えない存在。会おうと思っても、この人たちには二度と会えないんだ。そう思ったら、街にいる人たち全員を愛おしく思えたのです。私は駅のホームのベンチに座りながら、自分の命がいつ消えるのか分からない状況の中で、周りを見てそんなことを考えていたんです。
結果的に超初期のがんということでなんてことなかったのですが、前述したとおりに、それは私が病院に行ったからであって、今でも私は34歳か5歳で死んでいたと思っています。だから、今40歳で生きている自分は本当は存在していなかったはずなんです。
26歳で福音を受け入れた段階で私には聖霊が内在しました。しかし、神とともに歩まないならば救いは確定されていたとしても聖霊が働かずサタンの言いなりになるばかりでした。私は本来見るべきものを見えず、見てはいけないものを見ていたということです。
32歳のがんをきっかけに教会に戻り(神様に戻り)人生で初めて、きちんと神様にお祈りしました。初めて自分を造られた神様と関係を築いたんです。そして、そこから本来自分が歩むべき人生がどのようなものなのかを知るようになりました。それはまさに、自分の本当の人生です。それは、神様が自分をこの世に創造してくださった目的に従う道です。
本当はなかったはずの人生を今生きている自分には、今生きているこの瞬間の全ての景色が神様の恵みに見えます。神様はこの世の中のあらゆる場所でその御姿を表しておられます。最も身近な存在は太陽と空と雲、動植物などの自然です。今息をして生き、食べ物を食べて生活している当たり前の景色が本当は神様によってもたらされていることなど全く知らずに生きてきました。でも、今はそれが分かるんです。
たぶん、この「分かる」には人それぞれに大きな差があって、どんな感じで分かるのかということが私がいま気付いていることです。
恐らく20代の自分も、今書いたことは「分かって」いたはずです。でも「分かって」いなかった。それは、本当の意味での分かるではなかった。知識や経験や心だけではない、もっともっと人の深い部分に存在している霊の中での気づきが必要だったのだと分かったのです。
それから私は、改めて生まれ変わった人生を歩み始めました。同じ世界を生きながら、それまでとは全く違うものを見て生きるようになりました。目指していた経済は、独身時代の4分の1以下になり、一人ではなく4人家族となりました。求めていたものは大きく減ったにも関わらず、その恵みは何十倍にもなって与えられています。私が見ていたものは一体何だったのだろうか。
私はこのようにして新しい本来の自分を生き始めていますが、同じように本来の自分の人生を歩めずに苦しんでいる人たちをどうにか助けたいと思っています。これは上から目線ではなく、イエス様のように仕える形で助けたいんです。
20代の自分にこの話をしても多分聞き入れなかったんじゃないかと思います。でも、本来の人生を歩んでおらず、表面上充実した生活をしながら本当はとても苦しんでいる人たちがかなりの数いるのではないかと思います。私も少なからずその一人だったことは間違いありません。でも、そのヘルプを出せるかどうか、その苦しみに本人が気付いているかどうかが大切なのだと思います。
その苦しみに気づき、本来の自分の人生をその造り主である神様に求めるのならば、神様は必ず与えてくださると聖書が語っています。つまり、聖霊が与えられて本来見るべきものが見えるようになる人生です。宝くじ1等や成功、名誉が求められて与えられるのではなく、今与えられている素晴らしい恵みが見えるようになる聖霊が与えられるのです。
だから、今のそのままの自分がまったくもって違う人生になるということです。私はがんをきっかけにして、がんから学んだのではなくクリスチャン信仰つまりは、聖書をもって知ることができました。
今私は妻の夫としての役割と子供の父親としての役割が与えられています。この家庭そのものが、本来私には無かったはずの人生。そして、私と結婚した私の妻としての妻、また、二人の娘の存在、それら全てが本当は無かったはずです。でも神様は私にチャンスを下さいました。そして、私は残された自分の人生を通して神様が造られた私の人生を生きていきたいと思います。
まだまだ聖霊によって作り変えられなければならないところがたくさんある欠けだらけの私ですが、それでも神様は諦めずに私を養い育ててくださっています。私はこの神様の恵みの人生を一人でも多くの人たちに味わってほしいと願っています。そのために、まず最も身近な存在である家族にこの恵みを継承していきたいです。
また、これから与えられるミニストリーの中でも、たくさんの人・あらゆる人ではなく、神様によって導かれ出会わされるその一人の為にでも恵みを分かち合っていきたいと思います。もしかしたらそれは、今このブログを読んでいるあなたかもしれません。
がんという経験によって、「私の人生の主権は神様あなたにある」ということが導かれました。苦難を通して、自分の人生の主権が自分ではなく神様にあることを知るきっかけになるならば、それは永遠の恵みとして与えられることになります。がんが私の本当の人生を歩むきっかけになったとはそういうことだったのです。